大隅半島芸術村
〒893-0053 鹿児島県鹿屋市浜田町南風の丘2-1
TEL:0994-47-3008

小説家・詩人郷原茂樹の情報

郷原茂樹の作品/読書感想コンクール

3名様を南風図書館に招待いたします
賞品もいろいろ準備しております
読書感想の対象となりますのは、今年4月に同時出版された下記の5作品です。
  • 短編集…『シネマチック・ロマン』
  • 中編……『ポマンダーの薫り』
  • 中編……『遠い雪山のまぶしさ』
  • 長編……『エスペランサ』(上・下)
  • 歌詩集…『愛しげな人々よ』
◇最寄りの書店で売り切れていた場合は、アマゾンにてお求めください。
《応募方法》

上記の5作品のいずれか1作品を選んで、読書感想文をお寄せください。

原稿用紙またはワープロ・パソコン原稿にて。

ワープロ・パソコン原稿は1枚当たり40字×30行を目安に作成し、A4判のマス目のない紙を横置きに、縦書き、片面印刷してください。

文の長さ、形式などは何も規定はありません。自由に書いてください。

原稿には冒頭に、お名前、ご住所、電話番号、年齢、ご職業などを記載してください。

宛先は南風図書館へ。
〒893-0053
鹿児島県鹿屋市浜田町/南風の丘2-1
『郷原茂樹の作品/読書感想コンクール』係

締切り…2020年2月末日
発表…2020年3月20日
《南風図書館ホームページにて発表》
《コンクールの賞》
●上位3名様……南風図書館に招待
1泊2日(旅費、宿泊費を提供)
南風図書館や南風ガーデンでお楽しみください。
●上位20名様に『夕日のコンサート』のCDをプレゼント
ご自宅に発送いたします。
●抽選にて20名様に郷原茂樹の童話などをプレゼント
ご自宅に発送いたします。
●抽選にて10名様に南風ガーデンのハーブやデザートなどのオリジナル商品をプレゼント。
ご自宅に発送いたします。
《予告》……東京茶話会

2020年春、東京にて、郷原茂樹を囲む茶話会を開きます。

《郷原茂樹の作品/読書感想コンクール》に応募された方を、抽選にて10名様を無料招待。日時や場所等は未定です。

茶話会では南風ガーデンのオリジナルデザートやハーブティなどをお楽しみいただくことにしております。

三沢明郎の長編歴史小説『桜島山が見ている』は、みなさまのお力添えのおかげで、順調に販売を伸ばしております。

夏には東京に招かれて講演し、また秋には各方面から招かれて講演や語る会で読者のみなさまと交流できました。

次作も長編歴史小説で、タイトルは『大隅隼人族』です。志布志湾のほとりに巨大な古墳群を築き、やがて滅ぼされた大隅隼人族とは……?すでに第1章が仕上がり、これから第4章まで書くことになります。


《予告》上水樽文明氏(東京在住)の主宰する『鹿児島の歴史を語る会』は来年夏、東京・神田で第二回目を開きます。講師は三沢明郎で、テーマは「浜崎太平次と北前船」です。

【最新情報】
郷原茂樹の新作・・・発売開始

5作品6冊を幻冬舎より同時刊行

最寄りの書店、もしくはアマゾンにてお買い求め下さい。
郷原茂樹の最新作6冊

最新刊情報

南風図書館を拠点として
独自の立ち位置で創作する多彩な文芸作品

東京の銀座、京都、札幌、神戸、博多、沖縄、
そしてホームグラウンドの鹿児島をステージに描く
生きる悲しさ、愛する喜び。

ずらりと並ぶ、新刊5作品の紹介
  • (1)短編小説集・・・・・・
    「シネマチックロマン」
    《5編》
    • 空のキツネ
    • ギンザ イズ ラブ
    • スーパームーンの夜
    • ニセアカシア
    • 我らの宇宙
  • (2)中編小説・・・・・・
    「ポマンダーの薫り」
  • (3)中編小説・・・・・・
    「遠い雪山の眩しさ」
  • (4)長編小説・・・・・・
    「エスペランサ」(上下)
  • (5)詩歌集・・・・・・・・
    「愛しげな人々よ」

最新刊の作品紹介

「シネマチックロマン」
映画を観ているような5つの文芸作品
人は生きるむなしさを埋めるために、愛の幻を観る。

航空会社の若いパイロットとアラサー人妻の客室乗務員。彼のオートバイで二人は沖縄の海辺を走る。一瞬に滅亡するメルヘンチックな恋。・・・・・・「空のキツネ」などさまざまな恋を描く短編集。

「ポマンダーの薫り」
マリーよ、君はどこにいるのだ
愛のピアノ曲を残して去った、可憐なフランス娘

マリーのピアノの音色は、3代にわたる心の傷の疼きがひそむ。さまようほかはないマリーに、やるせなく翻弄される初老の実業家。鹿児島や神戸、東京をステージに、いつしか二人の心が共鳴する。

「遠い雪山の眩しさ」
ふと、人生を踏み誤った二人。偶然の出会い。
憎みあいながら断ち切れぬ、禁忌の切ない絆。

大学時代のセクハラを忘れようと29歳まで真実の愛を求め続けてきた彼女。婚活の落とし穴で麻薬に手を染めてしまう。彼女を救おうとする中年のデパートマンは人殺しのトラウマを背負っている・・・・・・。二人で逃避行した琵琶湖畔で、遠い希望のように光る、伊吹山の雪。

「エスペランサ(上)」
2011年3月11日
もろくも崩壊した社会
われらの行く末はどこにあるのだろう

地震、津波、原発事故・・・・・・東日本を襲った大災害。テレビ局の美人キャスターと辣腕プロデューサー、爆発する原発に立ち向かう自衛隊員、生活を奪われた畜産農家、復興支援に立ち上がる市民。

死に物狂いで生きる人々が偶然に出会い、魂の渦が起きる。鮮やかな映像を観るような文芸大作。

「エスペランサ(下)」
2011年3月11日
忘れるな、あの人々を!
希望の旗をひらめかせて青いトラックが走る。

人々は振り返る。・・・・・・被災者たちが眠る夜の体育館でバブルの時代を。神戸の鉄人28号広場で阪神大震災を。南相馬の浜で野馬追いの行事を。イギリスの牧場でチェルノブイリから襲ってきた放射能のことを。

振り返る中から芽生える未来への希望。それぞれに希望はつながり、群衆が動き出す。

歌詩集「愛(かな)しげな人々よ」
愛や恋のない人生なんて!
禁忌の行為もみすみずしく彩られた至上の歌詩集。

曲のない全50歌詩のオン・パレード。

ただひたむきな愛、たどりつけぬ恋。・・・・・・身の置き所のない心の痛み。どうすれは救われるのか、生存を確かめようとあがくとき、人は歌うほかはない。

さまざまな歌詩のなかには、恋を恋した十代の初々しいものもあり、番外編は自由気まま、破天荒なまでに恋を歌い上げる。


今までの本(1)
新宿を拠点に創作―ただ今、贈呈中―

南風図書館では、オープン催事として、郷原茂樹が新宿で創作していた当時の現代小説5冊を、無料でプレゼントしています。

これらの本は当時、東京のみで販売され、鹿児島の人たちは手に入れることができませんでした。このため、郷原はいつか機会があったら、鹿児島の人に読んでもらいたいと、各本を1000冊ほど保管しておきました。

この度、南風図書館がオープンしましたので、ここで来館記念としてそれらの本をプレゼントいたすことになりました。

すいぶん長い歳月がたちましたが、大切に保管されていましたので、いずれの本も新刊同様にきれいです。

どうぞご自由にお持ち帰り下さいませ。

あの時代、どうして新宿で?

バブルのクライマックス。一瞬、バブルがはじけて大混迷に。そんな平成の初め、郷原茂樹は東京の新宿で小説を創作していました。

・・・・・・何故、新宿だったのか?

それは新宿に本社をおく紀伊國屋書店が、新宿の若い人たちの世界を描くことを条件に、本の販売を引き受けてくださったからです。実際、郷原の本ができる度に、紀伊國屋書店がフェアを開いて下さいました。そして本が安定的に売れたことから、次々と創作できる基盤ができたのです。

また京王プラザホテル等でも「郷原の本のフェア」を開いて下さり、新宿観光協会は「新宿の作家」として講演会を催して下さいました。そうしたことが切っ掛けで新宿シティマガジンに毎月短編小説を連載することにもなり、それを読んだ若いOLの皆さんが読書会に何度も招いて下さいました。

郷原の小説は華やかな新都心をステージとして、おしゃれなファッション雑誌のエッセンスを文芸に昇華したような魅力があり、トレンディドラマの先駆けといわれました。しかし、長編小説はかなり趣が変わり、独自の視点で新宿に切り込み、社会性を帯びています。

その頃、新宿は都庁をはじめ猛烈な勢いで超高層ビルが建設され、世界に誇れる様相を呈していました。でも、その裏では古い街が破壊され、人口が急減し、商店街がシャッター通りと化し、学校閉鎖、伝統行事の衰微など、鹿児島の農産漁業の町と同じ現象が起きていました。また新宿に吸い寄せられて、日本の全土から多くの人が出てきており、さらに大久保などの街区にはアジアや中南米から出稼ぎに来ている外国人があふれ返っていました。

愛することを一本の柱として、郷原の小説が新宿で展開される時、新宿がマカ不思議な世界に変わる、と文芸評論家が語りました。

あの時代を象徴する新宿は、郷原が描いたことで、現代を考え、また未来を考える、たしかな何かを秘めているように思えます。


◎新宿時代の本の紹介

「新宿の愛しげな春」

<在庫がありません>
新宿シリーズの第一弾。出版されると新宿の若者たちが盛大な出版祝賀会を開催。新宿中にPRポスターが貼られ、紀伊國屋書店ではこの本のフェアーが。
朝日・読売が全国版で紹介。
<ストーリー>
新宿で生まれ育った大学生の美佐子。バブル経済の最盛期、東京都庁に隣接する都市のど真ん中なのに過疎が進み、昔ながらの商店街の崩壊、伝統文化の衰退、学校閉鎖など・・・。
彼女の生活と心も揺れている。
ある日、鹿児島の大隅半島で農業を営むトランペット奏者の鷹渡士郎のことを知り、彼女は友達に呼びかけて鷹渡を新宿に招く。
都市と地方のふれあいをファッショナブルに描く話題作。

「淡星(あわぼし)をふり仰いだ時」

愛しながら別れねはならない。ひた向きに生きる若者たちの純愛を縦糸に、バブル経済のクライマックス時代を描いた長編小説。
新聞書評で「身を切られるような悲しみ、生きる美しさ。胸に迫るラストシーンの出来映え」と。
<ストーリー>
カメラマンを夢見て鹿児島から東京に出た片桐裕一。その後を追って小津淳子も上京する。新宿で再会した途端に、二人は殺人事件に巻き込まれ、別々の生き方をすることに・・・・・・。愛はどうすれば届くのだろうか。
何年か後、山形の最上川のほとりで紅花染めを習っている淳子のもとに、一流カメラマンとなった裕一が訪ねていく。
結ばれなかった2人の青春の行方は・・・・・・?

「東京友禅」

<在庫がありません>
幸福な生き方とは?バブル後の希望を求めて、ひたむきに生きて行きて行く若い群像。新宿シリーズの集大成。
東宝映画監習・山下賢章氏や指揮者・小松一彦氏などの呼び掛けで幅広い文化人が集まり、東京青山で出版祝賀会が開かれた。
<読売新聞・書評>
中岡俊郎は家業の染色業を嫌って証券会社に入社。金儲けの戦士として血まなこになって働いていたが、バブル経済が崩壊し、娘を亡くし、妻との離婚間題が重なり、新潟の廃村に逃げる。豪雪に閉ざされた孤独と、その村で出会ったミチィーラ絵画とをきっかけに東京友禅の染色工だった父の仕事を受け継ぐ決心をして、東京に戻る。生存の本質に悩む現代人にすべてはつながっていると訴える。

「君がいた新宿」

月間シティマガジン「しんじゅくTODAY」に1年間連載された12編の短編集。新宿を舞台にさまざまな若い女性を描いたトレンディロマン。連載中から新都心のOLの皆さんから大声援を浴び、出版と同時に紀伊國屋書店や新宿京王プラザホテルなとで「郷原茂樹ブックフェアー」も開催された。
<鹿児島新報・書評>
作者がこよなく愛する街・東京の新都心「新宿」で生きる若い男女の恋と生活を描く12編。すべてが恋の話ではない。クリスマス・イブの夜、街で酔客を誘うフィリッピンとぺルーから来た二人の若い女に日本の年老いた男性サラリーマンがクリスマスケーキを贈る、さわやかで切ない交歓を描く八話「雪明かりの影法師」など、一つひとつが清らかな後味を残す。

「帰ってゆきたい景色」

旺文社の高校国語実力試験の問題に採用され、それを切っ掛けにこの本を読んた全国の高校生からファンレターが続々と・・・。
トレンディドラマの先がけといわれた、心にしみる清純な恋の物語。
ミュージカル化の話もあった。
<ストーリー>
村に企業を誘致する目的の仕事で鹿児島から上京した稲垣明男は、画家になりたくて北海道から来ている小池恵子と新宿の超高層ビル街で出会う。二人はそれぞれの故郷の話をして優しく淡い恋心を抱き合う。
そして間もなく、彼は病に倒れ、故郷の夢を見ながら、彼女に微笑みかけて死んでゆく・・・。
◇他にNHKテレビドラマのシナリオ「いま咲いた花」も収録。

「オペラハウスの見える坂道」

オーストラリアを再三訪れている作者が、美しいシドニーや古都メルボルンを舞台にして、日本人青年とフランス女性の恋を描いたセラピー小説。
<ストーリー>
滝崎靖彦は子供の頃から優等生で東京の一流会社に入ったが、コンピュータと付き合う日々の中で鬱病になる。魂の解放を求めてオーストラリアへ。観光旅行会社でアルバイトを始める。そしてオペラハウスの見える坂道で夢見るように美しい金髪の女性、ジョディに出会い、淡くはかない恋に誘われる。
はてしない地平線をめがけてオートバイで走りつづける滝崎が、満大の星を仰ぎながら生きている意味を自問する。

今までの本(2)
詩と歌の作品群

私は高校時代、学研の全国コンクールの詩部門で特別賞をもらったり、また地元新聞の新春文芸コーナーに大きく掲載してもらうなどして、詩を作ることに自信を与えてもらいました。そして青春時代には地元の若い人たちとともに文芸ロンド季節風をつくり、『南からの季節風』という手作りの季刊詩集を発行していました。その後、思潮社や幻冬舎などから独自の詩集を発行しています。

また、歌うための詩にも関心を抱き、自作の歌詞に曲をつけてもらい、若い女性5人のバンドを結成して、地元の過疎の村や町を巡演しました。最後は東京の新宿のライブハウスにて公演。これは各マスコミでも大きな話題になりました。その後、自分でも新宿文化会館のステージにたち、詩の朗読や歌を披露しました。女優の宮本裕子さんなどが賛助出演し、本格的なショーとして喜ばれ、公演後に観客から二次会、三次会と誘われました。

<こんな背景の通り、郷原は詩とともに歌詞も数多く手がけており、詩と歌詞が混然となった「歌詩集」も発行されています。>

思潮社の詩集

  • (1)雨は降り、雨はやむ
  • (2)生と死の融点
  • (3)ラセン階段上のやけっぱちな鼻唄
・・・・・・・・・・・・
3冊とも生きる悲しさ、自然を見つめて生命の環流に救いを求めようとする手段を、詩に委ねている。郷原本来の詩の世界といえる作品です。

幻冬舎の歌詩集

  • (1)あの時代がイメージさせた青春の歌
  • (2)鹿児島の風景
  • (3)美しい大隅半島
・・・・・・・・・・・・
3冊とも曲をつけて歌う詩を集めており、自分の生きてきた時代を、人々とともに振り返り、そこに未来への希望を見出そうという、矜持のロマンが漲ぎる作品です。

南風図書館の歌詩集

  • (1)奄美の歌
  • (2)沖縄の歌
・・・・・・・・・・・・
2冊ともすべてが曲をつけて歌う作品。珊瑚礁の海が作り出す風景と、独特の自然や暮らし。特に沖縄の歌は戦後の変遷を直接見た経験によって作られたものです。

今までの本(3)
市民連動で発刊した「青空のハーモニー」

郷原の呼びかけて発足した大隅半島カルチャーロビーが、いろいろな文化活動を進める中で、ガイドブック「大隅半島」を制作し、大ヒットしました。その二弾として、郷原の創作した「青空のハーモニー」を市民運動で発刊することになりました。

小学生が主人公の物語で、小説とは言い難い作品だけど、小学生にも読んでもらおうという意図で、その中にたくさんの挿し絵を入れることにしました。しかし絵より写真がよいという意見が強くなり、コンクールを伴う撮影会を開催しました。

物語のクライマックスは野球の試合で、それに登場する若い女性の先生役には、鹿児島テレビに入社したばかりの青木隆子アナウンサーにお願いし、小学生の役の子供たちが二十数名、市民カメラマンが数多く集まり、錦江湾を見晴らす丘の上の公園で演技と撮影が行われました。

本ができると、鹿児島で最大の書店、春苑堂で、たちまち売上けトップとなりました。

その後、各方面から復刊を望む声がありましたが、出版母体がなくて、実現できませんでした。

そして今、南風図書館が開設されたため、およそ30年ぶりに「青空のハーモニー」は再登場しました。当時、小学生だった人がいま大人となり、子供を連れて本を買いに来館され、「これは市民の宝ですよ」と喜んで下さいました。

南風図書館の駐車場側壁面には、青木アナウンサーがバッターボックスに立ち、生徒とたちが大歓声をあげている、巨大なカラー写真の看板が架かっています。

青空のハーモニーのストーリー

昭和31年と翌年、福岡に本拠地をおく西鉄ライオンズは東京の読売ジャイアンツを破り、日本一に輝きました。このとき九州中が熱狂し、優勝に導いた稲尾投手は、「鉄腕」といわれ、少年たちが憧れる最大のヒーローとなりました。

この物語はそんな時代を背景に創作されました。


大学を卒業して教諭になり、大糾半島の小学校に初赴任した庄司葉子を待っていたのは、野球チームを作りたいという生徒たちだった。けれど学校は昨秋の運動会後の火災で、丸焼けになっており、野外で授業をしなければならない状態であった。先生の中には軍隊上がりの厳格一点張りの先生もいて、クラスの生徒が野球するのさえ咎められた。

庄司は新人故の失敗を繰り返しながら、生徒の前で涙を流したりするのだったが、野外で授業しながら、生徒たちに語り続けた。「あなたたちの心の中には、やがて咲く大輪の花が潜んでいるのよ。それを信じなさい。自分はその花を咲かせられるって・・・・・・。夢を忘れないで、夢を大切に育てるのよ」

やがてクラスに野球チームができた。けれどチームがいろんな事件を引き起こし、庄司は泣かねばならないことの繰り返しだった。それでも女の生徒たちも一緒になってそのチームを応援し続ける。

真冬の練習場でそのチームが焚き火を燃やし、ボヤを出した。

ただ規律を重視する軍隊上がりの教諭は、そのことでチームをつぶそうとした。庄司はそれを拒否し、野球の試合で成否を決めようと申し込んだ。そして両クラスの試合が始まった。

《ある読者の声》・・・・・・庄司先生の「夢を忘れないで」という訴えは、現在の教育現場にこそ届かねばならないのではないでしょうか。

今までの本(4)
創作の童話や民話など

郷原茂樹は大隅半島にUターンした時期に、鹿児島をステージとするたくさんの市話や民話を創作しました。その一部は東京の八重岳書房から単行本として出版されました。

南風図書館がオープンするにあたり、子供たちにも喜んでもらう本をそろえようと、新たな装丁で童話や民話をよみがえらせました。

(1)柏原のわらべ唄

志布志湾と肝属川が交わる左岸の柏原で、ホタルを追いかけながら、子供たちが思い思いに心からわき出る歌をうたいます。時は古代。その豊か自然と一体となった命の喜びが、子供たちの歌に満ちあふれています。

(2)夕たぬき

鶴の群れが舞い飛ぶ出水平野。貧乏な爺さんの家に、ある夜、汚れた醜い女が訪ねてきました。天国からの届いたような素晴らしい焼酎を捧げ持って・・・・・・。その女はタヌキで、怪我をした時、爺さんに助けてもらったお礼に来たのでしたが、女は大変な不始末をして、泣く泣く逃げ帰るはめになりました。はて、その不始末とは?

(3)天狗と開聞太郎

薩摩半島の南端、美しい開聞岳の麓に住む船乗りの太郎は、南島から帰りに巨大な大狗と可愛い子天狗と速さ比べをしました。知恵を巡らせて太郎が勝ち、天狗親子はくやしくて死んでしまいましたが、今も開聞岳近くにその親天狗のクチバシが巨大な岩山となって残り、沖に子天狗の小さなクチバシが、浮いています。

(1)金色の象に乗って

いつも一人ぽっちの少女。夜になり、しょんぼり空を見てると、月や星に照らされて流れて来る雲の中に、象が現れました。少女はふわっと舞い上がり、象に乗って空を渡るとき、象がそっと教えてくれました。「人の話しを心から聞く人は、一人ぼっちにはならないよ」

(2)野のスミレ

父親の仕事の都合で転校した女の小学生。初めての学校でいろいろ教えてくれた同級生は、いじめられっ子でした。その後、つき合わなかったのに、再び転校する時、みんなが見送ってくれた後、いじめられっ子は野で摘んだスミレを届け、どこまでも車を追いかけて来ました。

(3)仲良し4人組

郷原が中学二年のときに創作。それが載っている当時のクラス文集から転載。・・・・・・秋の山に親しい友だち四人で登ったものの、夕暮れて道に迷い、一人が崖から落ちて助けなくてはならない。その苦境を抜け出そうと励まし合って行動する。郷原文学の原点かも知れません。

(1)船こぎ唄

大正時代に大爆発した桜島。そのとき「海ツバメ」という八丁櫓の船を率い、かねてから男気で知られる船頭が島民を救出しました。声も限りに船唄をうたい、手下の漕ぎ手を励まし、湾を幾度も往復したのですが、最後に島に向かった時、猛烈な噴火が起きました。当時を知る人は数十年後も、夜の湾から「海ツバメ」の唄が聞こえると信じていました。

(2)川内ガラッパ

郷原が宇宙科学者のカール・セーガン博士の本やTV番組の「コスモス」に触発されて創作した民話です。
鹿児島最大の川内川には、ガラッパ(河童)の伝説があります。人を溺れさせ、洪水を引き起こすガラッパと、人は共存できない状況でしたが、川のほとりに住む爺さんと孫はガラッパの子供を捕らえたことから、ガラッパの長老が会いに来て、お互いに争わないようにと話し合いました。けれど、人の社会はそれを許さず、爺さんも孫も殺されてしまいます。
この民話が秘めるのは、人として宇宙のすべての生命と共に生きていこう、という願いでしようか。

今までの本(5)
いつまでも読み継がれる奄美物語

若いころ勤めていた会社の仕事で、奄美群島を訪れることが多かった郷原は、その後にも幾度となく訪れ、各地を歩き回りました。

珊瑚礁の島で人々が醸造した歌や踊り、独特の暮らし、説話などの息吹きに魅せられ、『奄美物語』を創作したとき、豊かな色彩や遠白いリズムなど、郷原文学の基底が生まれました。

奄美物語がひとつの出発点になった・・・・・・と、郷原は話したことがあります。

その意味は、多くの人に初めて作品を受け人れられた、という実感がともなっているのでしよう。実際、東京の書店でも予想もしてなかった実績をあげることができたからです。

奄美の人が、これは永遠に読み継がれる、と語る理由は、時代の流れと関わりのない作品という点があるでしょう。

例えば現代小説の場合、時代の流れが変わると、その世界の命を失う恐れが多分にあります。しかしこの奄美物語の場合は、時代の流れとは関わりがないために、いつまでも新しい読者が現れるという強みを持っています。

奄美物語は昭和の終わり頃、東京の八重岳書房で発行され、平成に入ってから鹿児島の個人編集者によって復刊されました。

復刊本はいま、南風図書館のみで販売しています。

奄美物語の内容

奄美で歌い継がれている数多くの島唄の中から、独自のストーリーを組み立てて創作した短編小説、唄ばかりでなく、説話や歴史なども取り入れて生み出した、十偏をおさめています。

海と一体になって水平線からすべてがやって来る村、琉球からアケシノと呼はれる神女が渡って来て新しい村が出来る。薩摩が襲来したとき村を守って戦った青年たち、黒糖地獄の中で愛に命を捧げた若い女性・・・・・・。奄美でなければ創作できなかった文芸世界が、ドラマとしての面白さとともに心を打つ作品です。

今までの本(6)
佐多岬のガイドブック

佐多岬は日本本土の最南端。ここには明治のはじめ、イギリス人の指導で作られた灯台がある。断崖絶壁の先にある小さな岩山に、それはどのようにして立てられたのか、今まで誰も語ることもできなかった背景を、郷原が海上保安庁などから各種の資料を取り寄せて、詳細をしらべて紹介しています。

また佐多岬になだれ込む山また山。その壮大な原生林の状況と今日的な価値などを、現場を何度も踏破して解説、原生林に抱かれた集落の歴史や伝承している祭りなどもふんだんに写真も織り交ぜて紹介。各方面から貴重な資料という声がかかっています。

しかし佐多岬は環境庁や鹿児島県、南大隅町などによる展望台建築などの開発が急激に進んでおり、ガイドブックはその部分の書き換えをしなければならなくなっています。

さらに郷原は佐多岬だけでなく、大隅半島の各地のガイドブックを制作すると予告していましたが、その後、本来の小説の創作におわれて、実行されないままとなっています。この件ではあちこちからお叱りを受けているところですが・・・・・・。今のところ、予定が立ちません。お許し下さい。